上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 東京都情報へ
三越前駅

spfcasino_2_04_001.jpg
子供の頃、この橋にいる獅子と麒麟が怖く、親にしがみつき、目をつぶって渡った記憶のある日本橋。そんな想い出のある日本橋を、目をかっ開いていろいろ見て周ってきた様子をご覧ください。
あ、言い忘れておりました。今回も長いです。またもや無駄に。


spfcasino_2_04_002.jpg
どーでもいい標識に目が行ってしまいますが、うしろのK&Kの建物。1712年(正徳2年)創業の300年の歴史を誇る食品・酒類の総合問屋、国分株式会社の住所は中央区日本橋1-1-1。


spfcasino_2_04_003.jpg
※紛らわしいですが下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。


spfcasino_2_04_004.jpg
※人が歩き車が走っている方が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。


spfcasino_2_04_005.jpg
※「日本橋」と表示されてますが、上は首都高速都心環状線です。


spfcasino_2_04_006.jpg
橋の四隅の親柱には「守護」を表す獅子がいます。ちなみに獅子が前足で持っているのは東京都の紋章です。


spfcasino_2_04_007.jpg
※しつこいようですが、下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。


spfcasino_2_04_008.jpg
1603年(慶長8年)の架橋以来、江戸から東海道など五街道に向かう起点であり、今も日本の道の起点である重要文化財「日本橋」。19回の架け替えと大改修を経て、1911年(明治44年)に現在の石造二連アーチ橋に架け替えられたこの20代目の日本橋も、2011年で架橋100周年。そんな歴史があって風格もありながら、その上を首都高速都心環状線に覆いかぶされてしまって、ちょっぴりかわいそうな橋でもあります。


spfcasino_2_04_009.jpg

spfcasino_2_04_010.jpg




spfcasino_2_04_011.jpg
橋の中央柱には、五街道の起点であることから「ここから羽ばたく」という意味を込め、「繁栄」を表す大きな翼を持った麒麟がいます。


spfcasino_2_04_012.jpg

【麒麟】

名の由来は、麒麟の麒は傀(かい)と通じ、大きいの意。つまり麒麟とは燐光を発する大きなシカを示す。

中国の想像の瑞獣。一般に形は麕(くじか)に似て、ウシの尾、ウマの蹄と1角をもつといわれる。爬虫類の龍によく似ているが、4肢に蹄がある点で哺乳類と見分けられる。

体から5色の燐光を放ち、腹の下は黄色。角の端は肉でおおわれ攻撃には用いない。生きた草や虫を踏まず、常に単独で行動する。よく麒麟の絵に、足をツンと曲げて飛ぶように歩く姿が描かれるが、これぞ草や虫を踏むまいとする心配りを示すものだ。この心やさしい幻獣を英語ではユニコーンにあてるが、ユニコーンは凶暴な幻獣の代表だから、両方を結びつけるのは性格的に無理だ。なお麒麟は落とし穴や網などの罠にかかることは決してない。また、麒麟は転んだこともない。

『三才図会』によれば、この獣の雌を麒、雄を麟と称し、角のあるほうが雄、すなわち麟だという。しかし『瑞応図』では逆に雄を麒、雌を麟とよぶとしている。日本にも古く仁をもつ霊獣として広くその存在が知られていた。

麒麟とアフリカに分布するキリンとは元来まったく別物であるが、中国では明代のころからキリンがたびたび渡来するようになり、古く伝えられる麒麟の姿とよく似たこの動物に同じ名称が用いられるようになったらしい。

平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』





spfcasino_2_04_013.jpg
※くどいようですが、下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。





spfcasino_2_04_014.jpg

spfcasino_2_04_015.jpg

spfcasino_2_04_016.jpg
日本国道路元標
日本橋は1603年に創架され、江戸幕府により五街道の起点として定められました。現在の日本橋は1911年に架橋されたルネサンス様式の石造二連アーチ橋で、四隅の親柱の銘板に刻まれた「日本橋」及び「にほんはし」の文字は最後の将軍・徳川慶喜公の揮毫によるものです。1972年、日本橋中央の「東京市道路元標」がこの広場に移設・保存されました。その据えられていた跡には、内閣総理大臣佐藤栄作氏(後にノーベル平和賞受賞)の揮毫による「日本国道路元標」が埋標されました(1枚目の写真を参照)。この複製も同時に制作・設置されたものです。東京市道路元標は、1999年に米寿を祝う日本橋とともに国の重要文化財に指定されています。


spfcasino_2_04_017.jpg




spfcasino_2_04_018.jpg

【獅子】

古くは中国に伝わる想像の瑞獣(ずいじゅう)。かつてアラビアやインド地方に生息していたライオンを原型にしたものといわれる。『本草綱目』によれば、獅子は西域諸国に産し、百獣の長としてトラ、ヒョウをも食べてしまう。体色は黄金色、または青色を呈し、頭が大きく尾が長く、1日に500里を走るという。これをみてもわかるように、獅子とは、ライオンに関する虚実混濁した情報の所産といえよう。

日本にも獅子は瑞獣として伝えられ、宮殿や仏寺の前面に石造の獅子1対を配して魔よけとする中国伝来の風習も広まった。のちには、神社の社殿前などに置くものを、一般に狛犬とよぶようになるが、これも本来は獅子・狛犬といって、両者を向かい合わせに配する習俗が変化したものらしい。さらに日本最古の民俗芸能である獅子舞も、獅子の姿をかりて邪悪なものをはらう儀式として、奈良・平安期に唐からもたらされた。

また同時に、密教美術の影響を受けた日本の獅子の図像は、頭部や尾部に大量の毛が火焔状に渦巻き、胴体には文様がいくつも描かれるなど、日本独特ともいえる姿に定着していく。

ちなみに、玉をもてあそぶ獅子の由来が奇怪である。中国の古い伝承によると、獅子は前足の先から乳を分泌する。そこで人びとは獅子に玉を与えることを考えついた。獅子が玉を見つけ、これを前足で転がして遊ぶうちに、玉の内に乳がたまるという。これは人びとに生活の糧を与える慈悲ぶかい獣のシンボルだ。

平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』





spfcasino_2_04_019.jpg

spfcasino_2_04_023.jpg
麒麟は繁栄、獅子は守護。そして「平和」を表す鳩の像・・・ではなく、たまたま日本橋でひと休み中の、どこにでもいる普通のハト。特に日本橋とは関係ありません。





spfcasino_2_04_020.jpg
日本橋魚河岸記念碑
江戸時代初期に、摂津から佃島に移り住んだ漁師たちが、将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを、舟板の上で並べて一般に売り出したことが日本橋魚河岸の始まりです。関東大震災後に築地に移転するまで、ここが江戸および東京の台所として活況を呈していました。


日本橋の脇にひっそりとある日本橋魚河岸記念碑のギョロっとした乙姫像の目が、実は獅子や麒麟や何よりも怖かったことを知ったところで、今回は終了。羽田へ向かうエアポート快特が日本橋駅に到着する15:41まで残りあと34分。刻々とタイムリミットが迫る中、次に向かった場所とは?

次回『three cheers for our side~2度も屋上へ行くつもりじゃなかった』。乞うご期待。




今週のBGM
capsule 『 Sugarless GiRL



日本橋についてもっと知りたい?




にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 東京都情報へ
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。